妊娠中にトキソプラズマに感染すると、お腹の赤ちゃんに悪影響を与える可能性があります。生肉や猫の糞が原因で感染すると聞いたことはあっても、トキソプラズマとはそもそもどんなもので、母体や胎児にどんな影響を及ぼすかについてきちんと理解している人は多くないのではないでしょうか。そこで今回は、妊婦さんが気になるトキソプラズマについて、原因や症状、治療法、検査方法などをご紹介します。
トキソプラズマとは?どんな症状が出る?

トキソプラズマとは、幅3μm・長さ5~7μmの極々小さな寄生虫です。世界的に見ると、地球の人工の3分の1以上にあたる人がトキソプラズマに感染しているといわれています(※1)。
このトキソプラズマに感染して発症するのが、「トキソプラズマ症」です。子供でも大人でも感染する可能性があります。
感染しても、健康な成人であれば症状が出ることはほとんどなく、出たとしても軽い風邪程度で済むことが一般的です。まれに、リンパ節が腫れたり、筋肉痛が数日続いたりすることがあります。
また、一度感染すると抗体ができるので、二度感染することは基本的にありません。
トキソプラズマの感染経路や潜伏期間は?

トキソプラズマの主な感染経路は、人間の口から消化管を経て体内に入り込む「経口感染」です。
トキソプラズマは、豚やヤギ、ネズミ、ニワトリなど、多くの哺乳類や鳥類などに寄生しながら成長し、成虫になると、最終的に猫科の動物に寄生して繁殖します。そのため、生ハムや鳥刺などの生肉を食べたり、猫が排泄した糞に触れたりすると、トキソプラズマに感染する可能性があります。
また、トキソプラズマは土壌の中にも生息しており、土に触れることでも感染することがあります。潜伏期間ははっきりしないことが多いのですが、猫の糞の中のトキソプラズマを摂取した場合は、5~20日の潜伏期間があるようです(※2)
妊娠中・妊娠前のトキソプラズマ症の胎児への影響は?

トキソプラズマに一度も感染したことがない人が、妊娠中もしくは妊娠の数ヶ月前にトキソプラズマに感染すると、トキソプラズマが胎盤を経由して赤ちゃんに感染し、先天性トキソプラズマ症を引き起こす可能性があります(※2)。
しかし、妊婦さんが感染したからといって、必ず胎児に悪影響を与えるというわけではありません。大きく捉えると、妊婦さんが感染することで胎児に胎内感染する確率は約6~80%で、赤ちゃんが先天性トキソプラズマ症になるのは10,000人の出生のうち1.26人と推計されています(※3,4)。
妊娠の時期ごとに詳しく見ると、妊娠初期の胎内感染率は17%で、そのうち重症になるのが60%、妊娠中期の胎内感染率は25%で、そのうち重症になるのが30%、妊娠末期の胎内感染率は65%ですが、重症率は0%です(※5)。
トキソプラズマが胎児に感染したときの症状は?

妊婦さんのトキソプラズマがお腹のなかの赤ちゃんに感染し、先天性トキソプラズマ症を引き起こすと、生まれてくる赤ちゃんに下記のような症状がみられることがあります(※1,3)。
● 脳性麻痺
● 髄膜炎
● 低出生体重
● 痙攣
● 網脈絡膜炎
● 精神・運動機能障害
● 黄疸・発疹
● 貧血
また、最悪の場合、流産や死産に至ってしまう可能性もあります。
妊娠中のトキソプラズマ症の検査方法や治療法は?

妊娠中にトキソプラズマへの感染が疑われる場合、血液検査でトキソプラズマ抗体の有無を調べるのが一般的です。抗体検査で陽性が出たら、「IgM抗体」や「IgG抗体」などの値をさらに詳しく検査し、感染が妊娠前であったか、あるいは妊娠中であったかを調べます。
また、健康体の人で、トキソプラズマに感染しても症状が現れない場合、治療の必要はありません(※2)。
ただし、妊婦さんにトキソプラズマの感染が強く疑われる場合は、胎児への感染を防ぐために「アセチルスピラマイシン」という薬を投与することもあります。アセチルスピラマイシンを投与することで、生まれてきた赤ちゃんの障害を減らすことができたという報告もあります(※3,5)。
妊娠中にトキソプラズマの抗体検査をすべき?

トキソプラズマは一度感染すれば体の中に抗体ができるので、これまでに感染したことがある人は、赤ちゃんの先天性トキソプラズマ症を心配する必要はありません。
しかし、日本の都市部に住む妊婦さんのトキソプラズマ抗体保有率は5~10%といわれており、ほとんどの人が感染する可能性があります(※5)。
妊婦さんや妊活中の人で心配な場合は、先天性トキソプラズマ症のリスクがあるのか把握しておくため、一度トキソプラズマの抗体検査を受けることをおすすめします。
妊娠中であれば、妊婦健診の際にトキソプラズマ抗体の有無を検査できますし、妊娠前でも婦人科で検査を受けられます。トキソプラズマ抗体の一般的な検査方法は血液検査で、費用は1,000円前後です。
トキソプラズマ抗体がすでにあれば、妊娠中の感染は特に心配する必要はありません。抗体がなかった場合は、次に紹介するような予防方法で、感染のリスクを避けるようにしましょう。
妊娠中のトキソプラズマ症の予防法は?

トキソプラズマの感染ルートは主に経口感染で、空気感染・経皮感染することはありません。そのため、基本的に以下のことを行えば、トキソプラズマに感染するリスクを減らすことができます。
生肉を避ける
生ハム、馬刺し、ユッケなどの生肉は食べないようにし、肉を調理する際は中までしっかり火が通るようにしてください。また、生肉を触る際は手袋の着用を心がけましょう。
生肉に触れたまな板や調理器具は、しっかり洗うことが大切です。
猫の糞便に触れないようにする
猫の糞便に触れないようにすることも、トキソプラズマの予防につながります。猫を飼っている場合は、家族に糞便を処理してもらうようにしましょう。
もし自分で猫の糞便を処理しないといけないときは、手袋を着用し、処理の後は手をしっかり洗ってください。糞便中のオーシスト(トキソプラズマ原虫の卵)が感染力を得るには1~5日かかるので、猫の糞便は排泄後すぐに片づけるようにしましょう(※6)。
また、飼っている猫は屋外に出さないようにし、非加熱肉ではなく、ドライフードや缶詰など、市販のキャットフードをあげるようにしてください。
土に触れないようにする
土の中にトキソプラズマが潜んでいることがあるので、ガーデニングや畑仕事などの土を触る作業はできるだけ避けましょう。畑仕事などでどうしても土を触らないといけないときは手袋を着用し、作業後は手を石けんでよく洗ってください。
また、生野菜や果物は土が残らないようしっかり洗い、皮を剥けるものは剥いて食べるようにしましょう。
妊娠中はトキソプラズマについて過度に心配しないで
トキソプラズマに対する正しい知識を身につければ、必要以上に感染を恐れる必要はありません。妊娠中に猫との接触を極端に怖がったり、肉を食べること自体に不安を感じたりすると、ストレスになってしまい、かえって体に良くありません。
トキソプラズマへの理解を深め、過度に心配することなく、落ち着いて毎日を過ごせるといいですね。