2022年、首都圏の中学受験者数は過去最多の5万1100人、受験率は過去最高の17.3%になりました(※1)。これは、約5人に1人が中学受験をしている計算になります。
このような背景もあり、今、Twitterで中学受験や高校受験について情報発信をしている「東京高校受験主義」さんが注目を浴びています。
東京高校受験主義さんは塾講師。ただ、他の塾講師とちょっと違うのが「中学受験よりも高校受験の方がおすすめ」と主張されているところ。
一体なぜなのか?詳しく教えてもらうべく、話をうかがってきました。
今の中学受験は過酷すぎる
1年生から入塾しないと間に合わない!?
ーー東京高校受験主義さん(以下:東京さん)は日頃から中学受験に対して否定的な発言をされていますが、なぜでしょうか?
東京さん:受験競争が過熱しすぎていて、デメリットがメリットを上回っているからです。
親世代の中学受験は今と比べたら牧歌的で、小学生らしい生活との両立がギリギリ可能でした。しかし、今の中学受験は違います。
競争が激化しすぎていて、高学年の小学校生活は受験一色と言ってもいいくらいです。受験準備の負担が社会的に許容されるレベルを超えているように思います。
首都圏には中学受験を経験した保護者も多いのですが、その人たちですら「そこまでしないといけないの!?」と驚くような状況なんです。
ーー受験競争の行き過ぎで生じる問題はなんでしょうか?
東京さん:3つあると思っていて、1つ目はかなりの長期戦を強いられるところですね。
ここ数年、中学受験の勉強に取り掛かる時期がどんどん前倒しになってきています。一昔前は5年生からスタートすれば間に合うと言われていたのに、今では3年生の2月スタートが標準です。
さらには、もっと有利に進めようと1・2年生から受験勉強をスタートさせる保護者も増えています。実際、大手塾の低学年コースは盛況のようです。
当然ですが、前倒しになればなるほど、子供が自由に過ごしたり、趣味に没頭したりできる時間が減っていきます。
ーー1年生から塾通いというのは驚きですね。
東京さん:長期戦を強いられるのは子供だけではありませんよ。親には子供と伴走することが求められます。
例えば大手塾では、親が子供の学習面のサポートをすることが暗黙の了解になっているんです。
具体的には日々の宿題のチェックや学習スケジュールの作成、テキスト類の整理、苦手科目へのテコ入れなど、学習面全般で親がガッツリ管理していかなければなりません。
このような伴走を長期間にわたって求められるので、疲弊してしまう保護者は多いようです。
子供の成長に合わないことを強いている
東京さん:2つ目は、中学受験では膨大な暗記に加え、抽象的な思考力を求められるのですが、これが子供の成長曲線と合ってない恐れがあるということです。
子供の成長には個人差があります。
それこそ10歳で大人顔負けの抽象的な思考力を持った子がいる一方で、12〜13歳ごろにようやく身につける子もいます。
しかし、中学受験では小学校の学習内容とかけ離れた学習が要求され、それに適しているのは前者のような子なんです。
もちろん思考力は鍛えられますが、それでもやはり本来その子が持つ自然な成長曲線というものがあるはずです。
それを無視して受験勉強を強いるべきではない、と私は考えています。
ーー成長曲線を無視すると、どうなってしまうんでしょうか。
東京さん:成長曲線を無視して能力の発揮を強いると、勉強嫌いになってしまったり、劣等感につながったりする恐れがあります。
貴重な時間を特殊な勉強に費やしていいのか?
東京さん:3つ目の問題点として、中学受験の勉強内容が世界標準からかけ離れている、という懸念があります。
中学受験の勉強は本当に独特で、その典型例が算数の「鶴亀算」や「旅人算」などの特殊算というものです。
これらは、方程式を使って解くような問題を方程式を使わずに解くという点で、一つの完成された学問として大変おもしろいものです。
しかし一方で、日本独自のガラパゴスな世界でもあり、これを学ばなくたって東大には受かるし、数学者にもなれます。
そうした日本独特の受験算数を覚えることに、「ゴールデンエイジ」とも呼ばれる10歳、11歳の貴重な時期に莫大な時間を費やすわけです。
果たして本当に受験算数の勉強が必要なんでしょうか?
ーー受験算数は中学で数学を学ぶときに役立ったりはしないんでしょうか?
役に立ちますが、全員がその道を通る必要はないと思います。
受験算数で苦戦して「自分は算数が苦手なんだ」と思い込んでいた子が、中学で習う方程式を教えてあげたらみるみる理解が進み、数学が得意科目になっていった例もありますよ。
中学受験に莫大な時間を費やすくらいなら、そのぶん中学や高校で習う数学の先取り学習や英語の学習にあてた方が賢明な気がします。
少なくとも、日本以外の国ではそれが普通です。
「中学受験の勉強が大変すぎて英語の勉強をやめました」というSNSの投稿を見るたびに、日本の将来が不安になります。
難関中学を目指すと英語が邪魔になってくる
ーー今後、世界標準に合わせて中学受験が変化していくというのは考えられないのでしょうか?
東京さん:それはなかなか難しいと思います。というのも私立は公立と違い、各校がバラバラに運営方針を決めていて足並みが揃わないからです。
それで何が起こるかというと、例えば御三家の私立中学校が入試科目に英語を採用したとします。
すると受験者は「受験勉強の負担になるから御三家は志望校から外そう」と敬遠して、英語がない別の私立中学校に流れてしまうわけです。
中学受験の進路指導は塾主導で行われます。そのため、入試科目が特殊な中学校は塾に嫌われ、受験生からも敬遠される運命にあります。
帰国子女入試を除けば、首都圏の難関私立中学で英語を入試科目にする動きはありませんね。難関中学を目指せば目指すほど、英語の勉強が邪魔になるのが現状なんです。
ーー受験者が減ってしまうから受験内容を世界標準に合わせるメリットがない、ということですね。
東京さん:足並みが揃っていないところが私立中学校の魅力や面白さなんですが、それが同時にデメリットにもなってしまっているのです。
行きすぎた受験競争が子供に悪影響を及ぼす
なぜ塾の席順は成績で決まるのか?
ーー中学受験の世界では、競争をあおるために塾の席順もテストの成績で決められるとか。
東京さん:塾講師というのは受験戦争の勝ち組だった人が多く、たいていの人が競争好きなんです。もちろん私も競争が好きです。
だから、子供の学力向上を考えたときに、どうしても競争をあおってしまいがちです。
さらに、中学受験自体が競争なので、競争を楽しいと感じる子どもや、競争に肯定的な保護者が集まってきます。
その結果、成績順で座席を決めるという仕組みが肯定的に受け止められているのだと思います。
病的にカンニングをしてしまう子
ーーそれだけ過酷だと、子どもへの負担も大きいでしょうね。
東京さん:受験で心を病んでしまって、心療内科に通う小学生が増えているというのはニュースになっていましたね。
私の生徒でも、こんな子がいました。
中学受験で全滅してしまい、高校受験のために春期講習で私の塾に入ってきた子です。入塾は本人の意思ではなく親御さんの意向で、面接のときも親御さんがすごく前のめりだったのが印象に残っています。
ところが、その子にはすごくカンニング癖がありました。
テストや模試でことごとくカンニングする。実力で解ける問題もカンニングする。注意しても、またすぐカンニングする。ぜんぜん治らないんですね。
ある日、これはちょっと腹を割って話さないといけないなと思って、1対1で話しました。そうしたら、泣きながら全部打ち明けてくれて。
中学受験の時に親のプレッシャーがきつくて、小学5年生くらいからカンニングでテストを乗り切る術を身につけてしまい、癖になってしまったとのことでした。
一定ラインを越えたカンニングはもはや病的で、このように自分ではコントロールできなくなるんです。
意外と悪くない公立中学校
ICT端末の使用率は公立の方が高い
ーーそもそも、なぜ中学受験はここまで過熱してしまうんでしょうか?同じ受験である高校受験はそうでもないのに。
東京さん:事あるごとに公立中学校不信というものがクローズアップされているからだと思います。
例えば、一昔前に「ゆとり教育」というものが話題になりましたが、それに対して不安を感じた人が多く、中学受験者が増えました。
最近だとコロナの影響が大きいです。
コロナ禍で一時期どこの学校も休校になりましたが、そのときに私立はリモート授業などでスピーディーに対応していたのに対し、公立はタブレットなどのICT機器の普及が遅れ、「対応が遅い!」とメディアで繰り返し報道されました。
それに不安を煽られて、中学受験を考えた保護者は少なくないと思います。
ーー公立と私立でこんなにも対応が違うのか、とニュースを見て思ったのを覚えています。
東京さん:でも、実際はちょっと違うんですよ。
例えばICT端末の使用率は、今や東京の公立中学校の場合ほぼ100%になっていて、むしろ私立中学校よりも高いのです。
実際、今年に入ってから7〜8校の公立中学校を見学しましたが、どの学校も電子黒板やプロジェクターが整備され、生徒には1人1端末が行き届き、ICT端末を使って授業をしたりプレゼンの資料を作ったりというのが当たり前に行われていました。
受験率が高い地域の公立はレベルが高い
ーーでも、これだけ中学受験する人が増えていると、優秀な子はみんな私立に進学してしまい、公立のレベルが心配になる保護者もいると思うのですが。
東京さん:都内の公立中学校は約600校ほどあって、私はそのほとんどの学校の有名都立高校への進学状況を把握しています。
そこからわかったことは、中学受験率の高い地域の公立中学校は学力レベルが高いということです。
例えば東京でいちばん中学受験率が高いのは文京区で、およそ2人に1人が受験します。
もし優秀な子がみんな私立に行ってしまうのだとしたら、文京区の公立中学校はレベルが低くなってしまうはずです。
しかし実際は逆で、都立難関校への進学率は文京区の公立中学校10校中9校が東京都全体の平均を上回っていて、さらにそのうちの5校は難関校に進学する子を大量に出しています。
ーーなぜそういうことが起こるんでしょうか?
東京さん:中学受験率が高い地域というのは基本的に教育熱心な地域です。
中学受験をしない子の中にも優秀な子が多いし、中学受験に失敗して公立に入ってくる子もいるので、必然的にレベルが高くなるというわけです。
中学受験向きの子や家庭の特徴とは?
中学受験に向いている子の特徴は3つ
ーー中学受験に向いている子供はどのような子ですか?
東京さん:3つあります。1つ目は抽象的な思考力がある程度身についている大人びた子。2つ目は、中学受験は長期戦を強いられるので、それに折れない目的意識や体力、根気をしっかりと持っている子。
そして3つ目は、競争をポジティブに受け止められる子ですね。例えば、スポーツで負けたときにそれをバネに頑張れる子は向いていると思います。
ーーそういうのは男女差があるんでしょうか?
東京さん:一般論としてですが、女の子の方が精神面での成長は早いと言われています。実際、女の子の方が抽象的な思考力を身につけるのが早い傾向にありますね。
男の子は小学校時代は幼く、中学以降で急激に成長する子が多いと思います。競争については、男の子の方がポジティブに受け止め、楽しめる子が多い印象です。
入学したら待っているダブルスクール文化
ーー「家庭」という単位で見た場合、向き不向きはあるのでしょうか?
東京さん:ちょっとシビアな言い方になるかもしれませんが、中学受験に向いているのは経済状況にゆとりがある家庭です。
例えば、経済的にちょっと厳しいけれど無理して中学受験をして、それなりの上位の私立中学校に入ることができたとします。しかしその後に待ち受けているのはダブルスクール文化です。
上位の中高一貫校は、多くの生徒が入学と同時に中高一貫校生向けの大学受験塾に入って6年間の塾通いを始めます。
経済的にゆとりがないから塾に通わせない方針だったとしても、子供から「みんな行ってるから行きたい」と言われたときに断れる親は少ないでしょう。
つまり、入学するまでにもお金がかかるし、入学した後もお金がかかるのが私立中学校です。だから、お金の部分はシビアにちゃんと見た方がいいと思います。
納得感のある選択ができる高校受験
子供にぴったりの学校が見つかる!
ーー普通に高校受験した方がいい気がしてきました。
東京さん:高校受験、おすすめですよ。メリットはたくさんあって10個でも20個でも語れますが、代表的なものを挙げますね。
まず、学習面での親の伴走が不要なところがメリットだと思います。
自分が中学2・3年だった頃を思い出してみてほしいんですが、受験勉強するときに親が横にいたら嫌じゃないですか。高校受験のメインは子供なんです。
じゃあ親は何をするのかというと、子供の健康管理やポジティブな声かけ、志望校の情報収集。この3つに絞られるので、基本的にそれ以外のことは塾がやってくれます。
ーー中学受験に比べて、親の負担はだいぶ軽くなりそうですね。
東京の場合は都立高校の質が非常に高いのもメリットですね。
都立高校は180校もあるんです。同じような偏差値帯の中に3・4校あって、それぞれが個性豊かです。
文化祭で青春を燃焼するような学校もあれば、国際教育に力を入れている学校、理数系に特化した学校などがあります。
しかも都立の進学校は、教員を公募で集めて指導力の高い先生を優先的に配置しているので教育の質も高い。
つまり、高校受験は選択肢が広いので、お子さんにぴったりの学校が見つかりやすいと言えます。
高校受験の最大のメリットとは?
東京さん:3つ目のメリットは、子供の意思を尊重した選択ができるということです。これが高校受験の最大のメリットだと思います。
大人から見るとまだ幼いと感じることもありますが、15歳くらいになると自分なりの考えを持てるようになります。
その考えを持って初めて自分で選択する進路、それが高校受験です。
「自分」というものをまだそれほど強く持っていない10歳、11歳の段階で行う選択よりも自分の意思を反映できるので、子供本人にとって納得感のある選択になります。
それが高校受験の最大の良さですね。
中学受験は目的意識をしっかり持って
中学受験にだってメリットはある
ーー聞けば聞くほど中学受験する意味がわからなくなってきました。
東京さん:勘違いして欲しくないのですが、なんでもかんでも中学受験を否定しているわけではありません。もちろんメリットもあるんです。
なによりもまず、受験という目標に向かって毎日学んでいくので、勉強する習慣が身につきます。
それと、これは大学受験まで見据えた時のメリットですが、理科で大きなアドバンテージを手に入れることができます。
中学受験の科目の中で最も中学以降の学習の先取りになるのが理科で、中学受験で作った貯金がそのまま6年後の大学受験で生きてきます。
入学してからもメリットがあって、同質性が高く居心地のいい環境で過ごせますし、中高一貫校なら6年間一貫の体系的なカリキュラムで学べます。
ですが、目的意識や自分なりの考えを持たずにお子さんに中学受験をさせるのはおすすめしません。
相談者に共通するパターンとは?
ーーなんとなく中学受験をする人が多いのでしょうか?
東京さん:私の元にはいろいろな相談が来るのですが、みなさんだいたい同じパターンです。
保護者自身は中学受験の経験はないけれど、住んでる地域がたまたま受験率の高い地域。受験するのが当たり前みたいな雰囲気にのまれてしまい、なんとなく流れで塾に通わせてみることに。
初めは子供も楽しく塾通いしていたけれど、5年生くらいになって途端に勉強が難しくなり、宿題の量も増え、遊ぶ時間がなくなった。
親もつきっきりで伴走しなくちゃいけない。親子でイライラしてしまって、つらいのでやめたい…というパターンが実に多い。
中学受験するべき人はするべきですが、雰囲気に流されてなんとなくするものではありません。
なんとなくで始めてしまうと後から大火傷してしまうので、まずは何のために受験させるのかしっかり考えるべきだと思います。
取材を終えて
まだ6歳、7歳なのにもう中学受験のことを考えなきゃいけないというのは、なかなか衝撃的でした。
中学受験に興味はあるけれど、子供が低学年のうちから受験勉強をさせることに疑問や違和感を持つ人は少なくないと思います。
今回のインタビューを参考に、改めて中学受験について考えてみてはいかがでしょうか。
※1 首都圏模試センター